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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)3865号 判決

原告

島内ヒデ子

遠藤千佳子

右原告両名訴訟代理人弁護士

芹田幸子

被告

山下鑛一

右被告訴訟代理人弁護士

明尾寛

主文

一  被告は、原告島内ヒデ子に対し、三一三万〇九九六円、同遠藤千佳子に対し、三二七万八六六〇円及びこれらに対する昭和五五年一〇月三日から支払ずみまで各年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを八分し、その七を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告島内ヒデ子に対し、二四七五万一〇二七円、同遠藤千佳子に対し、三八六五万二〇五三円及びこれらに対する昭和五五年一〇月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行免脱宣言。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生と結果

(一) 日時 昭和五五年一〇月二日午後一時ころ

(二) 場所 京都府相楽郡精華町大字山田小字金堀一六の二先の国道一六三号線上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 加害車両 普通貨物自動車(岐一一ふ二八三〇号)

右運転者 被告

(四) 被害者の状況 被害者島内健治(以下「健治」という。)は、原告遠藤千佳子(当時の姓は島内。以下「原告千佳子」という。)の運転する普通乗用自動車(大阪五八も八五五三号)の助手席に同乗して右国道を木津方面に向かつて東進していた。

(五) 事故の態様 原告千佳子は、本件事故現場である交差点(三差路)の手前で信号待ちのため右被害車両を停車させていたところ、被告運転の加害車両がこれに追突した(以下「本件事故」という。)。

(六) 結果 健治は、本件事故により外傷性頸椎椎間板ヘルニアの傷害を受けたところ、事故後四、五日して四肢麻痺と発語障害が生ずるようになり、やがて同年一一月一〇日ころには、握力は〇ないし三キログラム、四肢の知覚は鈍麻し、起立することも不能で、日常の動作にも他人の介護を必要とし、言語障害のため意思伝達さえ困難といういわゆる植物人間に近い状態となつた。そこで、身体機能を回復するために必要な治療として、同月二七日頸椎前方固定術を受けたが、本件事故による受傷とその後の入院治療等によるストレス、右手術による外科的侵襲、手術に伴う薬剤・麻酔の投与等により、持病の肝硬変症が劇症化し、そのために食道静脈瘤破裂、胃潰瘍出血等の合併症が生じて遂に同年一二月一四日死亡するにいたつた。したがつて、本件事故と健治の死亡との間には相当因果関係があるというべきである。

2  被告の責任

(一) 運行供用者責任(自賠法三条)

被告は、本件事故当時加害車両を所有し、自己のために運行の用に供していた。

(二) 不法行為責任(民法七〇九条)

被告は、加害車両を運転し、被害車両のすぐ後方を追走していたものであるところ、このような場合、追走する車両の運転者としては、前方を注視し、先行車である被害車両が信号機に従つて停止したようなときには、直ちに自車のスピードを落とすなどして衝突を避け、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠つて被害車両と自車との間の道路上をぼんやり見ながら運転し、被害車両が赤信号で停車したのにその直前までこれに気付かないでそのまま進行した過失により、自車を被害車両に追突させ、本件事故を発生させたものである。

3  損害

(一) 健治の死亡までの治療経過

健治は、本件事故による前記傷害のため、死亡にいたるまで次のとおりの入通院治療を余儀なくされた。

(1) 通院

昭和五五年一〇月三日及び同月一九日の二日間、財団法人田附興風会北野病院(以下「北野病院」という。)に通院。

(2) 入院

① 昭和五五年一〇月二〇日から同月二九日まで北野病院に入院(一〇日間)。

② 昭和五五年一一月一二日から同年一二月一四日まで星ケ丘厚生年金病院に入院(三三日間)。

(二) 健治の損害

(1) 入院治療費 一五四万五六九五円

前記入院中に支払つた治療費は一五四万五六九五円である。

(2) 付添費 一五万四五〇〇円

健治は前記入通院中付添人を必要とし、現に付添を受けたが、これに要した費用は、入院期間(四三日)中は一日三五〇〇円、通院(二日)中は一日二〇〇〇円の割合であつた。

(3) 入院雑費 四万三〇〇〇円

健治は前記のとおり合計四三日間入院し、その間一日当たり一〇〇〇円の割合による入院雑費を要した。

(4) 逸失利益

① 四〇九一万九八八〇円

健治は、本件事故当時、満五四歳の男子で、「貝州商事」の商号でニット製品総合卸売業を営み、これによつて一か年六三四万三六七六円の利益を得ていたところ、本件事故がなければ、その後少なくとも一二年間は稼働が可能であり、また、その生活費は収入の三割と考えられるから、年別ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して健治の死亡による逸失利益の昭和五五年当時の現価を求めると、四〇九一万九八八〇円となる。

(算式)

六三四万三六七六円×〇・七×九・二一五=四〇九一万九八八〇円

② 二三〇四万四〇七五円

仮に、本件事故と健治の死亡との間に相当因果関係が存在しないとしても、健治は、前記のとおり、本件事故により外傷性頸椎椎間板ヘルニアの傷害を受けたことが原因で、事故後四、五日して、四肢麻痺、言語障害が生じ、日常の動作にも常に他人の介後を必要とし、意思伝達も困難ないわゆる植物人間に近い状態(本件事故による後遺症)となつたものであつて、この後遺症と本件事故との間に相当因果関係が存在することは明らかというべきところ、右後遺症の程度は、自賠法施行令別表後遺障害等級表による等級の第一級(「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」)に該当するので、健治は終生その労働能力を一〇〇パーセント喪失したものであり、持病である前記肝硬変症を考慮に入れても、更に少なくとも一〇年間は右営業を続けることができたはずである。そこで、控え目に損害を算定する趣旨で、昭和五五年賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計男子労働者学歴計年齢階級別平均年収額による五四歳の年収四一四万三五〇〇円を基礎としたうえ、生活費を収入の三割とし、年別ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して健治の後遺症による過失利益の事故時の現価を求めると、二三〇四万四〇七五円となる。

(算式)

四一四万三五〇〇円×〇・七×七・九四五=二三〇四万四〇七五円

(5) 慰藉料

① 五六万六〇〇〇円

健治は、本件事故により前記のとおりの傷害を受けて入通院治療を受けたものであつて、それによる精神的苦痛を慰藉するに足る慰藉料の額は五六万六〇〇〇円を下らないというべきである。

② 一六五六万六〇〇〇円

仮に、前記のとおり、本件事故と後遺症(いわゆる植物人間に近い状態)との間にのみ相当因果関係が存在するものとすれば、死にも比すべきこのような後遺症によつて健治の受けた精神的苦痛を慰藉するに足る慰藉料の額は、一六五六万六〇〇〇円(入通院分五六万六〇〇〇円、後遺症分一六〇〇万円)が、相当というべきである。

(6) 将来の介護料 二六六〇万八五〇〇円

なお、前記(二)(4)②において述べたとおり、本件事故と健治の死亡との間に相当因果関係がなく、ただ傷害による後遺症(いわゆる植物人間に近い状態)との間にのみ相当因果関係があるとしても、健治の妻である原告島内ヒデ子(以下「原告ヒデ子」という。)は病弱で、娘の原告千佳子も結婚して別に家庭を築かねばならないことや健治の後遺症の程度等から考えると、同人の介護には終生職業的付添人を要するものというべきところ、職業的付添人の介護料を一日当たり五〇〇〇円、健治の余命を二二年(昭和五五年簡易生命表によると五五歳男子の平均余命は二二・三二年である。)とし、年別ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、右介護に必要な費用の本件事故時の現価を求めると、二六六〇万八五〇〇円となる。

(算式)

五〇〇〇円×三六五日×一四・五八=二六六〇万八五〇〇円

(三) 原告らによる権利の承継

(1) 原告ヒデ子は健治の妻であり、原告千佳子は健治と原告ヒデ子との間の唯一の子であるから、健治の死亡(死亡したのは昭和五五年一二月一四日であつて昭和五五年法律第五一号の施行期日以前である)により、同人の被つた前記(二)(1)ないし(3)、(4)(5)の各①の損害の合計額四三二二万九〇七五円の損害賠償請求権をそれぞれその法定相続分に従つて相続した(原告ヒデ子はその三分の一に相当する一四四〇万九六九二円、同千佳子はその三分の二に相当する二八八一万九三八三円)。

(2) 仮に、本件事故と右後遺症との間にのみ相当因果関係が存在するものとすれば、原告らは、健治の死亡により右(二)(1)ないし(3)、(4)(5)の各②、(6)の損害の合計額六七九六万一七七〇円の損害賠償請求権を相続によつて承継したことになる(ただし、右(6)については原告らの協議により各二分の一を、その他については法定相続分により承継取得したので、原告ヒデ子分は二七〇八万五三四〇円。原告千佳子分は四〇八七万六四三〇円となる。)。

(四) 原告両名の固有の損害 各一〇八五万円

(1) 慰藉料 各八〇〇万円

原告らは、その夫或いは父であり一家の大黒柱であつた健治を失い、そのため順調に発展してきた家業も廃業に追い込まれ、一挙に生活の基盤を失うにいたつた。原告ヒデ子は、従来から病弱であるうえ、主婦として家事労働に専念してきた者であるため、今後自ら収入を得ることはほとんど不可能であり、同千佳子も、父の死亡と家業の廃業により貧窮生活を余儀なくされ、縁談にまで差し障りが生ずるようになつた。これら諸般の事情に照らすと、原告らの被つた精神的苦痛を慰藉するに足る慰藉料の額は、それぞれ八〇〇万円を下らないものというべきである。

仮に、本件事故と前記後遺症との間にのみ相当因果関係が存在するものとしても、健治の後遺症の内容に鑑みると同人は死にも比すべき傷害を受けたものであり、原告らの受けた精神的苦痛も健治が死亡した場合におけるそれと同じ程度のものであるから、これを慰藉するに足る慰藉料の額もまた右と同額であるというべきである。

(2) 葬祭費 各三五万円

原告らは、健治の死亡の際にその葬儀を執り行い、その費用として、それぞれ三五万円を下らない金員の支出を余儀なくされた。

(3) 弁護士費用 各二五〇万円

原告らは、本訴の提起及び追行を原告ら訴訟代理人弁護士芹田幸子に委任し、その費用及び報酬として各二五〇万円を支払うことを約した。

(五) 損害の填補

被告は、本件事故による損害の賠償として、合計一五二万五九九五円を支払つた(そのうち五〇万八六六五円は原告ヒデ子分に、一〇一万七三三〇円は同千佳子分にそれぞれ充当された。)。

よつて、被告に対し、原告ヒデ子は、右(三)(1)及び(四)の合計額二五二五万九六九二円から(五)の五〇万八六六五円を控除した残額二四七五万一〇二七円及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和五五年一〇月三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告千佳子は、右(三)(1)及び(四)の合計額三九六六万九三八三円から(五)の一〇一万七三三〇円を控除した残額三八六五万二〇五三円及びこれに対する右同日から支払ずみまで右同率の遅延損害金の支払を、それぞれ求め、仮に本件事故と健治の死亡との間に相当因果関係が認められないときは、原告ヒデ子は右(三)(2)及び(四)の合計額三七九三万五三四〇円から(五)の五〇万八六六五円を控除した残額三七四二万六六七五円の内金として二四七五万一〇二七円及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和五五年一〇月三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告千佳子は、右(三)(2)及び(四)の合計額五一七二万六四三〇円から(五)の一〇一万七三三〇円を控除した残額五〇七〇万九一〇〇円の内金として三八六五万二〇五三円及びこれに対する右同日から支払ずみまで右同率の遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)ないし(五)の事実は認める。同(六)の事実のうち、健治が頸椎前方固定術を受けたこと、本件事故前から肝硬変症の持病があつたこと、同人の死亡の原因が右肝硬変症の悪化による食道静脈瘤破裂、消化管出血であつたことは認めるが、その余は否認する。

健治が本件事故によつて受けた傷害は頭部打撲症、前額部裂傷、頸部捻挫であるが、これらの傷害そのものによつて右肝硬変症が悪化したような事実はない。すなわち、健治の肝硬変症は十数年にわたつて進行してきたもので、本件事故当時既に食道静脈瘤を形成し、腹水を多量に生じ、ICG停滞率も五〇パーセント以上に達し、極めて重篤な状態にあつたものであるから、肝機能に影響を及ぼすほどの出血も生じていない右程度の外傷が肝硬変症を悪化させるようなことはありえない。

また、頸椎前方固定術により持病の肝硬変症が悪化する可能性は、一般論としては格別、本件では考えられないことである。すなわち、健治の場合におけるように肝硬変症が重篤な状態になれば、ほとんど一年以内に死亡するのが通例であり、しかも健治の食道静脈瘤は何時破裂してもおかしくないような状態にあつたのであるから、右手術後に食道静脈瘤破裂が生じたからといつて、外科的手術のみにその原因を求めることはできず、過去十数年間にわたつて形成されてきた末期的肝硬変症がたまたまその時期に自然に増悪した可能性も否定しえないのであつて、したがつて、右手術と肝硬変症の悪化との間に因果関係が存在するものと断定することはできない。

のみならず、健治が本件事故によつて受けた傷害を治療するためには頸椎前方固定術を行う必要もなかつたものであり、その間の因果関係もなかつたというべきである。すなわち、健治が本件事故によつて受けた傷害は前記のとおりの軽微なものであつて、四肢麻痺や頸椎椎間板ヘルニアの原因となるようなものではなかつた。このことは、被害車両の運転者である原告千佳子にはほとんど負傷がなかつたこと、健治の四肢不全麻痺等の症状が本件事故後約四〇日を経た時点で突然に発現したこと等からも窺われるのであつて、むしろ、その間に健治が転倒したり、別の事故に遭つたりしたことがその原因ではないかと考える余地もある。さらに、健治には、本件事故以前に、頸椎捻挫の既往症があり、昭和五五年八月一六日ころから右上肢、右拇指に神経症状を訴えたり、左大耳介後頭神経に疼痛を訴えたりしてその治療を受けていた経緯があるので、既にこのころより頸椎椎間板ヘルニアの発症があり、それが前記四肢麻痺の原因であるとみることも可能というべきであつて、いずれにせよ、本件事故による受傷と頸椎前方固定術との間に因果関係があるということはできず、仮に、因果関係があるとしても、本件事故による受傷と事故前の健治の右既往症との間に因果関係上原因の競合があることは明らかであるから、本件事故による受傷が右手術を余儀なくさせるにいたつたことについて寄与している程度に応じた因果関係を認めるべきである。

2  請求原因2の事実は認める。

3  請求原因3の事実中、(五)の事実は認め、その余の事実は知らない。

健治の肝硬変症は、前記のとおり極めて重篤かつ末期的なものであつたのであり、同人と同じICG停滞率が五〇パーセント以上の症状を呈する肝硬変症患者の場合、統計上一年以内にその大部分が消化管出血により死亡していること、同人と同じ非アルコール性甲型もしくは甲′型の場合、その予後はあまり良くなく、食道静脈瘤、腹水がみられるときの五〇パーセント生存率は長くて二年ないし三年であること等を考えると、本件事故に遭わなかつたとしても、健治の生存可能年数は、長くみても三年ないし四年であり、実際はそれよりもさらに短期間であつたとみるべきである。

また、星ケ丘厚生年金病院における健治の頸椎前方固定術はそれ自体としては成功し、それによつて四肢麻痺等の症状はかなり改善され、遠からず日常生活や就労が可能な状態になるはずであつたのであるから、本件事故によつて健治がいわゆる植物人間に近い状態の後遺障害を遺すにいたつたものといえないことは明らかである。

三  抗弁

被告は、健治及び原告らに対し、本件事故による損害の賠償として、請求原因3(五)の金員の外に、右賠償の内払金として一四〇万一九五六円を支払つた。

四  抗弁に対する認否

認める。

第三  証拠〈省略〉

理由

一本件事故の発生及び責任原因

請求原因1(一)ないし(五)及び同2の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二本件事故と健治の死亡との因果関係

1  健治の受傷内容と治療経過〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  健治は、昭和五五年一〇月二日(以下、年度はすべて昭和五五年であるので省略する。)本件事故に遭つた際、原告千佳子の運転する被害車両の助手席に、背もたれを半分ほど後方へ倒し、座るというよりは寝たような状態でシートベルトを締めずに乗つていたが、加害車両に追突されたため、上体を前方に押し出されて前額部をフロントガラスに強く打ちつけ、さらにその反動で再びシートの背もたれに後頭部を打ちつけた。右追突の衝撃により、被害車両は約一五・七メートル前方に押し出され、被害車両のトランクは大破した。

(二)  健治は、直ちに救急車で精華町国民健康保険病院に運ばれ、診察を受けたところ、「一応一週間」の安静加療を要する頭部打撲症、前額部裂傷と診断されたが、当日は、右裂傷を二糸縫合する治療を受けただけでそのまま帰宅した。

(三)  ところが、同人は、翌三日朝、後頸部にひどい痛みを感じ、首も回せない状態になつたので、北野病院に赴いて診察を受けたところ、著明な頸部運動制限、両側の大後頭神経、後耳介神経、前斜角筋に著明な圧痛、右第二頸髄以下に正常を一〇として七ないし八程度の知覚(痛覚)低下が認められたが、脳神経系や運動神経系には特に異常はなく、レントゲン撮影の結果にも、特に異常は認められず、その結果、頭部外傷Ⅰ型、外傷性頸部症候群、背部打撲症との診断名が付され、消炎鎮痛剤等の服用と安静療養が指示されるにとどまつた。しかし、健治は、その後も、朝起き上がることが困難であつたり、寝返りを打つこともできないような状態が続き、同月一三日ころになつてようやく、一人で起き上がることもできるようになり、介添人が付き添えば歩行することができる程度にまで回復したので、司法巡査に対する事情聴取にも応じることとし、同日、京都府木津警察署に赴いて事故状況について供述した。

(四)  そのような状態の下に、同月一五日北野病院において再び診察を受けたところ、首の動きは改善し、知覚障害もほとんどなく、ただ体の前屈の際背部痛はあるものの、経過が良好であれば向後約一か月の安静加療で足りるとの診断であつた。ところが、当初からの左上肢のしびれ感がなおも持続し、口がもつれたり、電話番号(プッシュホン)を押し間違えたりする等の症状が出てきたため、同月二〇日北野病院に入院して治療を受けることになつたが、入院に際してのレントゲン撮影検査により、第四、第五頸椎の間にずれがあることが認められたものの、外傷による可能性は少ないものと判断された。その後も、歩行時にふらついたりしたこともあつたが、用便などは自力で済ませ、やがて首の動きも改善し、痛みも軽減してきたので、同月二九日同病院を退院した。

(五)  しかるに、その後再び症状が悪化してきたため、一一月一〇日星ケ丘厚生年金病院において受診したところ、痙性歩行が強く、両手指の握力が著しく減退し、病的反射は陽性で、両下肢腱反射は亢進し、両上肢第六頸髄以下及び両下肢第二腰髄以下に知覚障害が生じていることが認められ、いわゆる四肢不全麻痺の状態となつていた。そこで、同月一二日同病院に入院したが、レントゲン撮影の結果、第五、第六頸椎の椎間孔が狭小化していることから頸椎椎間板ヘルニアの疑いがもたれ、さらに同月一七日の頸椎脊髄造影法(ミエログラフィー)による検査の結果、第五、第六頸椎の椎間板レベルに一致して造影剤の欠損が認められたことから、右の四肢不全麻痺は、頸椎椎間板ヘルニアがその原因であると診断されるにいたつた。

(六)  健治が後記認定のとおり当時既に重篤な肝硬変症に罹患していることは担当医師(整形外科)に判明しており、手術等の外科的侵襲がこれに悪影響を及ぼすであろうことも十分承知してはいたが、右のごとき四肢不全麻痺の状態をそのまま放置しておけば廃人同様となる虞れがあり、しかも、早期の手術ほど回腹する可能性が高かつたことから、右医師らは、同病院の内科医師とも協議を重ねたうえ、右頸椎椎間板ヘルニアにつき手術の方法で治療するのが相当であるとの判断に達した。そこで、家族にもその旨説明して承諾を得るとともに、同月二七日、第五、第六頸椎椎間の髄核摘出、頸椎前方固定術(クロワード法)の手術(以下「本件手術」という。)が施行された。その結果、知覚障害及び両手指の握力は改善され、両上肢の病的反射も消失するにいたつたが、術後、持病の肝硬変症が急速に悪化し、これに食道静脈瘤破裂・胃潰瘍による出血、劇症肝炎・急性腎不全等の合併症が生じ、前記のとおり、一二月一四日午後五時一〇分同病院において死亡するにいたつた。

2  本件事故と本件手術との因果関係

本件事故によつて健治の受けた傷害が当初、頭部打撲症及び前額部裂傷(精華町国民健康保険病院)、あるいは頭部外傷Ⅰ型、外傷性頸部症候群、背部打撲症(北野病院)と診断されていたこと、健治の第五、第六頸椎の椎間板ヘルニアの診断とともにこれが四肢不全麻痺の原因である旨の診断がなされたのは、事故後約一月半を経過した一一月一七日のこと(星ケ丘厚生年金病院)であつたこと、本件手術が右四肢不全麻痺を早期に治療するための処置であつたことは、いずれも前記認定のとおりである。しかしながら、鑑定人大石昇平の鑑定の結果(以下「大石鑑定」という。)によれば、一般に頸椎椎間板ヘルニアは、椎間板の退行性変性を基盤として、外傷がなくても経年的変化によつて発症することもあるが、種々の外傷を機転として起こる場合も多いこと、また、右鑑定結果及び証人下竹克美の証言によれば、健治が事故後北野病院においてレントゲン撮影による頸部の検査を受けた際、既に第五、第六頸椎椎間孔の狭小化(その程度は星ケ丘厚生年金病院におけるレントゲン撮影の結果認められたものとほとんど変わりがない。)及び頸椎の生理的前彎の消失や前後屈時の頸椎の可動制限が存在していたことがそれぞれ認められるとともに、これに加えて、本件事故により被害車両の後部トランクが大破するほどの衝撃が加えられ、この衝撃により健治が前額部をフロントガラスに強打した後、反動でシート背もたれに後頭部を打ちつけていることは前記認定のとおりであつて、これらの諸点からすれば、本件ヘルニアは本件事故によつて発症したものであると推認するのが相当である。

もつとも、〈証拠〉によれば、健治はかねてより繊維製品の卸売業を営んでいたものであるが、商品の梱包作業に従事することも多かつたためか、八月中頃から、肩こりがひどくなり、頸部にも疼痛を感じるようになつたこと、そのため、同月二六日、梅鏡堂外科において診察を受けたところ、左大耳介後頭神経の圧痛と左上肢の腱反射の亢進が認められ、レントゲン撮影の結果でも第三ないし第五頸椎に強直が認められた(ただし、第五、第六頸椎椎間孔の狭小化は認められていない。)ので一応頸部捻挫と診断されたが、九月一〇日までの間、一〇回ほど通院して理学療法、薬物療法を受けた結果、これらの症状は軽快するにいたつたこと、また、九月ころに三回ほど、若井鍼灸治療院に通い、肩及び背部の筋肉痛につき主に指圧による治療を受けていたことがそれぞれ認められるけれども、右の頸肩部の症状は、肩こりがひどかつたり、首の回りが悪いといつた程度のものに過ぎないのであつて、本件事故後に生じたような重篤な症状(朝起き上がることができず、また、寝返りも一人で歩行することもできないような状態)が本件事故以前から発現していたり、その徴候が見えていたことを窺わせるような証拠は全く見当たらないのである。したがつて、右のごとき事情は、本件ヘルニアが本件事故によつて発症したものであるとの前記認定を左右するに足りるものということはできず、〈証拠〉中右認定に反する部分はにわかに採用することができず、他にこれを動かすに足りる証拠は存在しない。

しかして、証人荻野洋の証言及び大石鑑定によれば、対症療法によつてもその臨床症状が改善されず、むしろ悪化傾向もあるような頸椎椎間板ヘルニアに起因する四肢不全麻痺の症例に対する治療の方法としては、脊髄が非可逆性変化を生ずる前の適切な時期を選んで手術を施行するのが適当であること、椎間板ヘルニアの摘出を主目的とする手術の方法としては、前方固定術(クロワード法)が最も一般的であり、手術成績も良好であること、手術は早い時期に施行するほど術後の回復状態も良好であるところ、本件においては事故後既に二か月近くを経過し、これ以上放置しておくと、非可逆性の筋萎縮その他の症状を生ずる危険が差し迫つていたことがそれぞれ認められるのであつて、以上の事実からすると、本件手術は、健治の症状に照らし、その回復を可能ならしめるために必要にして相当なものであつたといわなければならない。

以上に説示したとおりとすれば、本件事故と右手術との間には、相当因果関係があるものと認めるのが相当である。

3  健治の死亡原因

健治死亡の直接の原因が肝硬変症の悪化に伴つて発症した食道静脈瘤破裂・胃潰瘍による出血、劇症肝炎・急性腎不全等の合併症であつたことは前記のとおりであるところ、〈証拠〉によれば、健治は、昭和二七年ころ胆嚢炎に罹患したほか、三六年ころに胆石摘出の手術を受け、その際に輸血を受けたことから血清肝炎を患うようになり、やがてそれが慢性肝炎に移行していつたことが認められるとともに、鑑定人老籾宗忠の鑑定の結果(以下「老籾鑑定」という。)によれば、剖検時にみられた健治の肝硬変症(甲型又は甲′型)は非アルコール性であつて、HBS抗原及び同抗体は陰性であり、したがつて、非A非B型慢性肝炎より移行した肝硬変症であつたこと、慢性肝炎から肝硬変症への移行には相当長期間を要することが認められるのであつて、これらの事実からすれば、健治の右肝硬変症は、本件事故による受傷後後に完成されたものではありえず、本件事故以前から既に存在していたものといわなければならない(その進行程度の点は別として健治に本件事件前から肝硬変症の持病があつたこと自体は当事者間に争いがない。)。

のみならず、老籾鑑定によれば、右肝硬変症は、慢性肝炎が発症してからでも既に十数年を経過してかなりの程度進行し、重篤な状態にあつたことが認められるのである。

そうだとすると、本件事故と健治の死亡との間には何ら因果関係は存在しないといわざるを得ないかのごとくである。しかしながら、本件事故と右肝硬変症の悪化との間に何らかの因果関係が認められるならば、本件事故と健治の死亡との間にも因果関係が存在するものといわなければならないので、さらにこの点について検討することとする。

4  本件事故と健治の肝硬変症との関係

(一)  まず、本件事故が肝硬変症増悪の直接の原因であると考えられるかどうかについてみるに、老籾鑑定によれば、事故による受傷及び受傷後に生じるストレス等が肝硬変症を増悪させた可能性を否定することはできないといわざるを得ないようであるけれども、右受傷及び受傷後のストレスが健治の肝硬変症の増悪という結果を招来したものであることを是認しうる高度の蓋然性の存在を肯認するに足りる証拠は存在しないから、本件事故が肝硬変症悪化の直接の原因であると認めることは困難である。

(二)  ところで、本件事故によつて健治の第五、第六頸椎椎間板ヘルニアが発症したこと、この椎間板ヘルニアに起因して生じた四肢不全麻痺を治療するために必要かつ相当な処置として頸椎の前方固定術(クロワード法)が実施されたことはいずれも前記のとおりであるので、次に、右前方固定術、すなわち手術による外科的侵襲が肝硬変症増悪の原因であると考えられるかどうかについて検討する。

〈証拠〉によれば、一般に、重篤な肝硬変症の患者について手術を実施すると、手術自体による外科的侵襲や手術に際しての麻酔により、肝臓に著しい影響が及んでこれを悪化させる危険があること、右前方固定術後、健治の肝臓の機能検査の結果が術前よりも悪化する数値を示すようになつたことが認められるとともに、老籾鑑定によれば、後に認定するとおり、右手術前の健治の肝硬変症の症状と同程度の症状の患者の統計学上の五〇パーセント生存率は最大三年ないし四年であるのに、健治が手術後わずか一七日で死亡するにいたつたことは前記のとおりである。そうだとすると、右手術が健治の肝硬変症の悪化、ひいては同人の死亡の誘因となり、これがその死期を早めたものと推認するのが相当であつて、〈証拠〉中右推認に反する部分は採用することができず、他に右推認を妨げるに足りる証拠及び事情は見当たらない。

5  結論

以上の説示によれば、健治は本件事故により頸椎椎間板ヘルニアの傷害を受け、それに起因して生じた四肢不全麻痺の治療のために必要かつ相当な処置として本件手術を受けたものであるが、その手術が同人の持病である重篤な肝硬変症を悪化させ、それに伴つて食道静脈瘤破裂・胃潰瘍による出血、劇症肝炎・急性腎不全等の合併症が発症し、遂に死亡するにいたつたものであるから、本件事故と健治の死亡との間には因果関係があるものといわなければならない。

もつとも、健治が本件事故によつて受けた傷害である頸椎椎間板ヘルニアの症状が前方固定術の実施の結果かなり改善されるにいたつたことは前記認定のとおりであつて、右頸椎椎間板ヘルニア及びこれに基因する四肢不全麻痺のみによつて健治死亡の結果がもたらされたものでないことは大石鑑定に照らしても明らかなところであり、持病である肝硬変症があつてはじめて右死亡の結果が発生したものであることは疑問の余地がない。しかも、右肝硬変症が本件事故当時すでに重篤な状態にあつたこと、その症状と同程度の症状の患者の統計学上の五〇パーセント生存率が最大三年ないし四年であることはいずれも前記のとおりであつて、これらの点から考えれば、健治死亡の結果について主として寄与しているのは同人が罹患していた肝硬変症であつて、本件事故はそれを促す誘因として従たる原因であるにすぎないものといわざるを得ず、前記認定の諸般の事情を総合すれば、結果発生への寄与率としては、本件事故が一、肝硬変症が二の割合とみるのが相当である。

したがつて、被告は、原告らに対し、自賠法三条により、右寄与率に応じて後記三に認定の損害を賠償すべき義務を負うものというべきである。

三損害

1  入通院経過

〈証拠〉によれば、請求原因3(一)の(1)、(2)の事実が認められる。

2  健治の損害

(一)(1)  入院治療費 一五四万五六九五円

〈証拠〉によれば、同3(二)(1)の事実が認められる。

(2)  付添費 一〇万三〇〇〇円

〈証拠〉によれば、一〇月三日及び同月一五日の健治の通院には付添人が必要であつたため、原告千佳子ら近親者が付添つたことが認められるところ、その費用は、経験則上、一日当たり二〇〇〇円の割合であると認めるのが相当であるから、右通院付添費は四〇〇〇円となる。また、〈証拠〉によれば、健治は、星ケ丘厚生年金病院に入院中、四肢不全麻痺のため付添看護を要する状態にあつたものであり、原告千佳子ら近親者が付添看護をしたことが認められるところ、その費用は、経験則上、一日当たり三〇〇〇円の割合であると認めるのが相当であるから、右入院期間中の付添看護費の合計額は九万九〇〇〇円となる。

なお、原告らは、北野病院に入院中の付添費も請求しているが、同病院入院中の健治の病状が付添看護を要するほどの状態にあつたものと認めるに足りる証拠がないばかりでなく、原告千佳子本人尋問の結果によれば、その期間中近親者その他の者が健治に付き添うようなことはなかつたことが認められるので、右付添費の請求を認めることはできない。

(3)  入院雑費 四万三〇〇〇円

健治が合計四三日間入院加療を受けたことは前記認定のとおりであるところ、その間の入院雑費は、経験則上一日当たり一〇〇〇円の割合であると認めるのが相当であるから、右期間中の入院雑費は合計四万三〇〇〇円となる。

(4)  逸失利益 七九二万一一二九円

〈証拠〉(健治の昭和五五年分の所得税青色申告決算書)には、健治の昭和五五年度の営業(綿・ニット卸売業)上の売上(収入)金額は七八二一万七九七七円、所得金額は六三四万三六七六円である旨の記載があるけれども、右書面が、いつ、どのようにして作成されたものであるのかが明らかでないばかりでなく、その記載内容を裏付けるに足りる具体的資料も見当たらないので、右の程度の証拠によつては、健治の昭和五五年度の年収が六三四万三六七六円であつたことを認めるには未だ十分であるとは言い難く、しかも他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

しかし、原告千佳子本人尋問の結果によれば、健治の家庭の生計が同人の収入によつて維持されていたことは明らかであつて、その事実とその他本件証拠上認められる諸般の事実を考慮すると、本件事故当時、健治は、少なくとも昭和五五年賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計男子労働者学歴計五〇歳ないし五四歳(健治が大正一五年二月一七日生れで、当時五四歳であつたことは、〈証拠〉により認められる。)の平均年収額四一四万三五〇〇円以上の利益を得ていたものと推認するのが相当である。

そこで次に、健治の稼働可能年数、すなわち、本件事故がなかつたならば、どの程度の期間稼働することが可能であつたかの点について検討する。

〈証拠〉及び老籾鑑定によれば、健治の肝硬変症は非アルコール性であつたこと、同人には門歯列より三〇センチメートルにまで食道静脈瘤があり、食道下部十数センチメートルにわたつて静脈瘤が存在していたこと、同人には手術前に既に腹水、浮腫が存在していたこと、同人のICG(色素排泄試験で肝血流量等を反映する肝機能)停滞率は五〇・九パーセントであつたこと、血清コリンエステラーゼ値は〇・二ないし〇・三△PH(正常値は〇・八ないし一・一△PH)であつたこと、血清アルブミン値は三・〇六g/dl、二・五g/dl、二・六〇g/dlであつたこと、ブロトロンビン時間は一五・〇八秒であり、血小板数は四万九〇〇〇個であつたことがそれぞれ認められる。

そして、老籾鑑定によれば、一般的な医学統計的研究による知見として、次のような事実が認められる。①非アルコール性肝硬変症の患者の五〇パーセント生存率は五年、②食道静脈瘤の存在する場合の五〇パーセント生存率は三年ないし四年、③腹水の存在する場合の五〇パーセント生存率は二年ないし三・六年、三年生存率は五七・一パーセント、④ICG停滞率二五パーセント以上の症例の五〇パーセント生存率は三年ないし四年(なお、停滞率二五パーセント以上の症例の大部分が一年以内に消化管出血により死亡したとの研究報告もある。)、⑤血清コリンエステラーゼ値が二分の一以下の症例の五〇パーセント生存率は三年ないし四年、⑥血清アルブミン値三・〇g/dl以下の症例の五〇パーセント生存率は二年ないし三年で、この値が三・五g/dl以下の五〇パーセント生存率は三年ないし四年、⑦ブロトロンビン時間が一三秒以上の症例の五〇パーセント生存率は三年ないし四年、⑧血小板数一〇万個以下の症例の五〇パーセント生存率は約三年である。

以上の統計上の確率に基づいて考えるならば、本件事故がなかつたものと仮定した場合に、健治がさらに生存して稼働することが可能であつたと推認される期間は、三年程度であつたとみるのが相当である。

しかして、健治の生活費はその収入の三割と推認されるから、これらの数値に基づき、年別ホフマン式計算法による年五分の割合による中間利息を控除して、健治の逸失利益の昭和五五年当時の現価を求めると、七九二万一一二九円(円未満四捨五入、以下同じ。)となる。

(算式)

四一四万三五〇〇円×〇・七×二・七三一=七九二万一一二九円

(5)  入通院慰藉料 五〇万円

本件事故の態様、健治の受けた傷害の部位・程度、治療経過、その他本件証拠上認められる諸般の事情を併せ考えると、健治の受けた傷害に基づく精神的苦痛を慰藉するに足る慰藉料の額は、五〇万円と認めるのが相当である。

(二)  原告らによる権利の承継

以上によれば、健治が本件事故によつて被つた損害の額は、合計一〇一一万二八二四円となるが、本件事故による傷害が健治の死亡について寄与している割合は三分の一であり、他の三分の二は健治の罹患していた重篤な肝硬変症がこれに寄与しているものと解するのが相当であることは前記のとおりであるから、健治の死亡によつて生じた右損害の三分の二にあたる金額を減額した残額の三三七万〇九四一円が被告において賠償すべき損害の額であるというべきである。

そして、〈証拠〉によれば、健治と原告らとの間にそれぞれ原告ら主張のとおりの身分関係があること、また、弁論の全趣旨により健治には他に相続人はいないことがそれぞれ認められるので、同人の死亡により、原告らはそれぞれ、昭和五五年法律第五一号による改正前の民法九〇〇条に定める法定相続分に従い、健治の右損害賠償請求権を相続によつて承継したものである(原告ヒデ子はその三分の一に相当する一一二万三六四七円、原告千佳子はその三分の二に相当する二二四万七二九四円)。

3  原告両名の固有の損害

(一)  慰藉料 各七五〇万円

原告らと健治との身分関係は右のとおりであるところ、原告千佳子本人尋問の結果によれば、健治は原告ら一家の経済的、精神的支柱であつた者であつて、同人の死亡によつて家業も廃業に追い込まれるにいたつたことが認められるのであつて、その他本件証拠によつて認められる諸般の事情を併せ考えると、健治の死亡による原告らの精神的苦痛を慰藉するに足る慰藉料の額は、各七五〇万円と認めるのが相当である。

(二)  葬祭費 各二五万円

弁論の全趣旨によれば、原告らは健治の死亡の際、その葬儀を執り行い五〇万円を上回る費用を支出したことが認められるところ、健治の年齢、境遇、原告らとの身分関係等諸般の事情に照らすと、原告らの負担した葬祭費のうち各二五万円が本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当である。

以上によれば、原告らみずからが被つた右損害金の合計は各七七五万円であるが、前記2(二)において説示したのと同一の理由により、被告は、原告らに対し、右損害金の三分の一にあたる各二五八万三三三三円を賠償する責任を負うものというべきである。

四損害の填補

請求原因3(五)の事実及び抗弁事実はいずれも当事者間に争いがないので、法定相続分に従い、原告ヒデ子は右填補額の三分の一に相当する九七万五九八四円、原告千佳子はその三分の二に相当する一九五万一九六七円の限度で損害の填補を受けたものというべきである。

五弁護士費用 各四〇万円

弁護の全趣旨によれば、請求原因3(四)(3)の事実を認めることができるところ、本件事案の難易、審理経過、認容額その他本件証拠上認められる諸般の事情を併せ考えると、本件事故と相当因果関係に立つ弁護士費用の額としては、原告らにつき各四〇万円と認めるのが相当である。

六結論

以上のとおりであるとすると、被告が原告らに対し賠償すべき本件損害の額は、前記三の2(二)、3及び五の合計額から四の金額を控除した残額、すなわち、原告ヒデ子に対しては三一三万〇九九六円、原告千佳子に対しては三二七万八六六〇円であることになるので、原告らの被告に対する請求は、原告ヒデ子については右三一三万〇九九六円及びこれに対する本件不法行為の後である昭和五五年一〇月三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、原告千佳子については右三二七万八六六〇円及びこれに対する右同日から支払ずみまで右同率の遅延損害金の、各支払を求める限度において理由があるからこれを認容することとし、その余の請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、仮執行免脱宣言については、相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官藤原弘道 裁判官加藤新太郎 裁判官浜 秀樹)

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